北杜で本を求めるとき、真っ先に向かいたいのは「のほほんBOOKS&COFFEE」。心の琴線に触れる言葉に出会える本屋さんです。
「のほほんBOOKS&COFFEE」の軒下から点々とつながるウッドデッキの先にあるのが、2024年にオープンした、タイニーハウスを活用したギャラリー「SUBACO」。この「SUBACO」は、TREEHEADSで手がけさせてもらいました。
今回は、「のほほんBOOKS&COFFEE」と「SUBACO」の店主・渡辺潤平さんに、北杜のまちで本屋を開くまでのお話や、ギャラリー「SUBACO」をつかってみて感じることを伺ってきました。
2拠点居住先を探して出会った北杜のまち
店主の渡辺潤平さんにとって”本”は、幼いころには拠り所となる存在、また大人になってからはコピーライターという職業のなかでいつもそばにあるものでした。
夫婦共に広告業界という忙しい世界で、言葉やデザインと向き合ってきた。その東京での暮らしのなかで、激務に身体が悲鳴を上げていると感じ、2拠点居住をする先を探していたのだそう。
潤平さん「学生の頃に上高地に縁があってよく来ていたので、まずは松本近辺で探しました。でも東京からだと3時間くらいかかるので、ちょっと遠くて通うのが現実的じゃないなと。そこで八ヶ岳に来てみたらすごくいいところで、八ヶ岳エリアのなかで探そう!と決めましたね。」
北杜市に絞って土地を探し、家を建てる土地と、現在の「のほほんBOOKS&COFFEE」の土地を見つけた潤平さん。しかし当初は、本屋さんをやるための場所とは考えていなかったのだそうです。
潤平さん「ここはいつか何かのためにと思って押さえておいた土地でした。
妻と北杜をドライブしているなかで、本屋がないね、という話になったんです。もともと、本を読みながらコーヒーを飲む時間が好きだったので、そういう場所をいつかやりたいね、と話していました。でもコロナが来て時間ができて、本屋やるなら今じゃないか!?となって。
ただ、本屋のノウハウがなにもなかったので、板橋の本屋で2か月バイトしたんです笑。そこで仕入れの仕方などを学んで、2022年に開業しました。」
森野「”まちに本屋さんがない”と思ったところからはじめてみて、実際どうでしたか?」
潤平さん「最初は、本屋をやると言ったら、うまくいかないよと言われました。でもそれは逆にチャンスだと思いましたね。少なくとも僕ら夫婦はこういう場所を求めていたし、欲張らなければしっかり経営できると思っていました。実際にやってみると、北杜だけでなくて周辺も含め思ったよりも広い商圏があると感じますね。」
森野「私も普段、インスピレーションを求めてよく来させてもらっていますが、ここは本屋という役割を超えるような場所だと感じてます。」
潤平さん「そうだよね。行き詰ったという顔をして来られるお客さんもいて、わかるわかる、と共感してます笑。
それに、ほんとうにいろんな方が来てくれます。お店があることで、普段なかなかお会いできない方とお話することができて。北杜の森のなかから、あぶりだされてくるような感じです笑。地域のハブになるというようなことまで意識してなかったし、本屋を経営することで精一杯でしたが、やってみると本屋ってそういう役割もあるなと感じています。」
竹内「暗闇に光があるとそこに人が集まってくるというような、本屋にはそういう文化があるんでしょうね。」
潤平さん「まちにいい本屋があると、そのまちがよく見えるじゃないですか。そういう役割があるから、安定してお店があり続ける状態をつくることを意識しています。」
竹内「うんうん、ここは居心地いいですもんね。長く続けて欲しいです。」
小さな空間につめこまれる、つくり手の世界
「のほほんBOOKS&COFFEE」に併設されたギャラリー「SUBACO」は、2024年にオープン。ギャラリーというと広々とした空間をイメージする方も多いと思いますが、「SUBACO」はタイニーハウスでできていて、6畳ほどの広さ。
けれど展示をする作家さんからは、外から見るより広い!と驚かれることもあるそう。
小さくて、タイヤがついているギャラリー。そんなちょっと変わった「SUBACO」には、北杜を中心にしたつくり手さんの作品が所せましと並びます。
森野「タイニーハウスをつかったギャラリー、つかってみてどうですか?」
潤平さん「お店にタイニーハウスがポン、とあるだけで、お店の可能性が広がるように思います。お客さんからも、”かわいい”と言ってもらえることもあって、大きなギャラリーよりも敷居が低く、かろやかに使えています。」
竹内「それはよかったです。展示も頻繁にやってますよね。」
潤平さん「そうですね、月に1つの展示はしているので、オープンから1年ちょっとで10以上の展示はしてきました。」
森野「展示をしてもらうクリエイターさんは、どのように決めているのですか?」
潤平さん「基本は、僕がキュレーションをしていて、お声がけをしています。ゆるやかにですが、北杜の地域を中心にしたつくり手さんにお声がけをしていて。
ここはみんな森の奥に住んでいるけれど、家具職人さんとか、陶器やガラスのつくり手さんとか、いいものをつくっている人がいっぱいいるんです。」
森野「もともとギャラリーの構想はあったのですか?」
潤平さん「それがなかったんですよね。でも、スタッフとしても働いてくれているイラストレーター・マリワの展示を店内でやったら、とても好評で。それもあって、小屋でイベントをやったり、展覧会をしたいなと思うようになりました。
本を見に来たお客さんが、こんなのやってるんだ!ラッキー!と覗いてくれることを期待してはじめました。実際にやってみると、つくり手さんの魅力もあって、いまは展示してくれている作家さんを目当てで来てくれるお客さんもたくさんいます。」
ギャラリー「SUBACO」ができるまで
潤平さん「TREEHEADSのつくっているものがすごく好きで、工場がすぐ近くなのもあって、小屋をつくるならお願いしたいと思っていました。最初、タケさん(竹内)はのほほんにひとりで来て、珈琲を飲みながら本を読んでいた様子を見て、寡黙な渋い男だと思っていて。断られたらどうしようと思ってました笑。」
竹内「あははは笑。土地を取得するあたりから構想を聞いていて、潤平さんのイメージを聞きながらつくっていったら、もともとそこにあったような雰囲気に仕上がりましたね。本屋と庭と小屋の距離感もすごくいいです。」
竹内「壁の広さはけっこう取れてますもんね。窓が低いから。」
潤平さん「この窓、超秀逸でしたね!時間帯によって陽のさし方がかわって、土曜の午後とか、陽が入ってきてとても気持ちいいんですよね。」
竹内「よかった。この窓のあたりに展示がしてあってもおもしろそうですね。壁も、ギャラリーにしてはラフな壁にしてて、展示で穴をあけても多少大丈夫ですもんね。」
潤平さん「そうなんです。あと、タイニーハウスの製作中は外壁を貼る作業も家族でやらせてもらって。めったにできないことだったのでありがたかったです。」
山暮らしの本屋兼コピーライターのいま
東京で広告の世界で走り続け、いまは山暮らしの本屋とギャラリーも営む潤平さん。いまでも平日の半分は日本各地でコピーライターとしての仕事をし、週末に山に戻ってくるという生活を続けているそう。
森野「のほほんがオープンしてから3年経ちましたが、いまでも潤平さんはコピーライターのお仕事と二足の草鞋ですね。やっぱり、どちらも続けたいと思っているのですか?」
潤平さん「うーん、しぶしぶですけどね笑。ほんとは東京にいる時間は少なくしていきたいんです笑。でも本屋だけで食べていくのは大変だし、広告もやれば楽しいので。
実はのほほんをはじめてから、ありがたいことにコピーライターの仕事がまた増えてきました。いまがいちばん忙しいんですよね。もうちょっとがんばらないとなと。」
竹内「潤平さんのキャリアに、どんどん付加価値が上乗せされているんですね。」
潤平さん「そうかもしれないです。山で暮らしたり、本屋をやったりということが、広告にいい影響を与えていて。
いつ広告辞めてもいいやと思っているので、クライアントにもはっきりとものを言えるようになったんですよね笑。そこからうまく物事がまわるようになった気がします。」
竹内「おお、引出しが増えてきた感じだ。」
潤平さん「そうそう!北杜にもたくさん友達もできて週末も忙しいし、ここで過ごす時間が圧倒的に自分にとって大事になってきたんです。」
ギャラリー「SUBACO」と僕たちのこれから
オープンから1年以上が立ち、さまざまなつくり手のみなさんの作品であふれたSUBACO。これから、どのような場となっていくのでしょうか。
森野「今後、SUBACOでやってみたいことはありますか?」
潤平さん「読み聞かせとか、工芸教室とか、子どもたちを集めて学びや体験の場としてやってみたいなと思っています。お客さんで、読み聞かせとかできるかたいるかなと考えたりしてます。」
竹内「このエリアにはいろいろな才能や技術を持つ人が住んでいますし、可能性がたくさんありますね。」
潤平さん「ちなみにタケさんは、まさに旅人だと思いますけど、北杜はしっかり根がついたって感じなのですか?」
竹内「ははは笑。北杜は気に入っちゃいましたね。環境、気候がいいんです。気候って自分の手ではどうにもならないですからね。
タイニーハウスを選びに来る人にも、場所はよく考えた方がいいと伝えてます。どんなに素敵な空間をつくっても、環境次第で活かされないこともある。のほほんがあるこの場所は、森のはじまりのエリアで、いいところですよね。Google Mapsで空から見るとよくわかるんですよ。」
潤平さん「なるほど、このエリアいいですよね。じつはのほほんの南側の使われていない土地、もったいないなと思っているんです。
僕がもしこの下の土地を持てたら、タイニーハウスと小さい映画館とかやりたいです。(一同:いいですね~!)北杜でクセの強い映画を流すところあったら、いいよなあと思います。」
竹内「ポートランドとかでよくあったのが、真ん中に大きなテント小屋があって、その周りにフードカートが並んでて、そこで映画とか音楽を演奏できるようになっている場所。これからこのエリアで、そういうこともできたらいいですよね。」
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潤平さんのこれまでと今、最後はご近所さん同士のこれからのお話に。
「のほほんBOOKS&COFFEE」ができてから、ふと本とふたりきりになりたくなった時、新しい本との出会いが欲しくなったとき、とにかく美しいものや言葉に触れたくなったとき、いつでも行ける場所ができました。
「冬になると暗くなるのが早いので、お店の灯にすい寄せられて、ふらりと立ち寄ってくれるお客さんもいるんです。」
今日も「のほほんBOOKS&COFFEE」は、北杜の森の入り口で、ぽっと明るい灯をともしています。
写真:kota、吉田圭志
文章:森野日菜子