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Homemade People vol.3 ふたりの顔が見える店。山梨県北杜市の「カミロータ」を訪ねて

2023年1月、Homemade Villageから車で10分ほどのところに1軒のコーヒーショップがオープンしました。店舗は三角形の切妻屋根と、カラマツの明るい外壁が目を引くタイニーハウス。店内ではコーヒーと焼き菓子を楽しめるほか、リジェネラティブ*な商品と出会うことができます。オーナーの上月太郎さんとミカさんは、沖縄県・石垣島で15年間セレクトショップを営んでいました。ふたりはなぜ山梨県北杜市で、それもタイニーハウスで、新たな店を開いたのでしょうか。

*リジェネラティブ(regenerative)・・・「環境再生」を意味する。自然環境をよりよい状態に再生することを目指す考え方。


上月太郎(こうづき たろう)さん・ミカさん

「コーヒーと焼き菓子、いくばくかの気持ちのいいもの」

目が合うと、ミカさんが小さな窓越しに手を振ってくれた。木々に囲まれたタイニーハウスは、もうずっと前からそこにあったかのように、風景の一部になっている。


店名「カミロータ」は、ふたりの名前「タロウ」と「ミカ」から。「ふたりの顔が見えるお店になるように」と、長年親交がある「Kankeischa」菅家明彦さんがつけてくれた

初めて「CAMILOTA(カミロータ)」を訪れた時は、子どもの頃にあれこれ想像していた「こんなひみつの小屋があったらいいな」が、目の前に現れたかと思った。その時の妄想に、タイヤまではついていなかったけど。

タイニーな空間がそうさせるのか、太郎さんとミカさんの穏やかな人柄にひかれ集うお客さんのあたたかさなのか、カミロータでは居合わせたお客さん同士も仲良くなりやすい雰囲気がある。取材の日も、ゆっくりコーヒーを飲もうと思い約束の30分前に着いたら、常連のお客さんと話が弾んだ。

「ここの環境もふたりがつくる空気も素敵で、コーヒーも焼き菓子もすごくおいしい。近くなら毎日行きたいくらい落ち着くお店」と、うれしそうに教えてくれた。

カミロータのウェブサイトにはこんな言葉が並んでいる。

コーヒーと焼き菓子、いくばくかの気持ちのいいもの。

「いくばくかの気持ちのいいもの」ってなんだろう。沖縄から山梨県・北杜市に移住し、カミロータをオープンするまでの物語を聞かせてもらった。

一旦ここでリセットしよう

2022年1月13日、ふたりは石垣島で営んできたセレクトショップ「MAHINA MELE(マヒナメレ)」と併設のカフェ「Lino Coffee & Espresso」の15年間の営業に幕を下ろした。


MAHINA MELE 店内 (画像提供:CAMILOTA photo by KO TSUCHIYA)

環境に配慮したブランドのアパレルや雑貨、オリジナル商品が数多く並ぶ店は、地元の人からも観光客からも愛されていた。2017年には「より深いコミュニケーションのきっかけになるから」とカフェを新設し、量り売りやコーヒーかすのコンポストなどに取り組む「ONIBUS COFFEE」から豆を仕入れ、コーヒーの提供をはじめた。

「歴史を刻みながら失われずに残ってきたモノ、人々の記憶の中に残していくべきモノを伝えていきたい」とスタートした店は、15年の歳月をかけゆっくりと、ふたりが大切にしたい価値観を共有し、コミュニティーを築く場に育っていた。


2017.3.24 リニューアルパーティーの様子(画像提供:CAMILOTA)


“WE THINK AND ACT IN CYCLES”(循環を考え、行動する)を企業理念に掲げるFREITAGの商品などを販売していた。写真は太郎さんの私物で、トラックの幌をアップサイクルして作られたトートバッグ

しかし、できることが増えるにつれ、思いと現実との溝もまた少しずつ深くなっていた。

「もともと洋服屋さんとしてスタートしたので、定期的に新しい服を求めて来店してくださる方が多くいらっしゃいました。お客さんの声に応えたいと徐々にブランドを増やした結果、たくさんの在庫を抱えてしまいセールせざるを得ないこともあり、数年間モヤモヤした思いを抱えながら営業を続けていました」

扱うブランドを見直そうとすると、入荷を喜んでくれていたお客さんの顔が浮かぶ。そもそもスペースがあるから、商品を並べなければバランスが取れない。どんなに悩んでいても来月の家賃の支払い日はくる。2013年に島内に新しい空港が開港してからは、観光産業の発展とともに森や海が変わってゆく様を肌で感じるようにもなっていた。

転機になったのは、2020年から世界的な流行がはじまった新型コロナウイルスだった。店を開けることも、会いたい人に会いに行くこともままならない日々が続く。お客さんにほんとうに届けたいものはなにか。自分たちはどんな暮らしをしたいのか。ふたりは何度も話し合った。

「石垣島でやりたいことはやり切った。一旦ここでリセットしよう」

店を閉じ、終の住処と考えていたほど好きだった石垣島から離れ、新天地で再スタートすることを決めた。

特急あずさ発車30分前の出会い

「隣の土地のこと、せっかくだから聞いてみようよ」

友人の言葉に背中を押され、太郎さんとミカさんは慌てて店内に戻った。

2021年6月、ふたりは北杜市で暮らす友人と一緒に、八ヶ岳南麓の小さな食堂「DILL eat, life.」で昼食をとっていた。
さかのぼること半年前、石垣島のお店をクローズすることを決めたふたりは、家族がいて取引先の企業もある関東近郊かつ自然が近くにあることを条件に、新天地を探しはじめた。しかし、時はコロナ禍。多くの人が都心と距離を置こうと、移住先を探していた時期でもあった。千葉、埼玉、群馬と一通り見て回ったが、思うような土地には出会えないまま半年が過ぎていた。

気分転換にと遊びに訪れた八ヶ岳での滞在最終日、食事を終え店を出たところで友人がかけてくれたのが、冒頭の言葉だった。食事の最中、「そういえばここの隣に廃墟があったんだけど、どうなったんだろう」と、ちらりと話題に上っていた。

「最近さら地になって、もうすぐ売りに出るらしいわよ」

半ばあきらめながら、でも一縷の望みを持って尋ねたふたりに、店のオーナーはすぐに教えてくれた。土地を管理しているのは食堂の2軒隣にある不動産屋だという。「このタイミングを逃してはいけない」。そう直感したふたりは、友人と一緒に不動産屋まで走って行った。予約していた新宿行きの特急あずさの発車時刻が30分後に迫っていた。

「とにかくこの出会いをものにしたいという思いだけでした。自分たちが何者で、その土地でどんなことをしたいのかを手短に話し、値段が決まったら教えてくださいと言って、その日は帰りました」

思いがけず出会った300坪の土地。ふたりはどこに魅力を感じたのだろう。

「仕事をする場所というよりも暮らしていく場所として考えた時に、あまり人が歩いていないところがいいと思って。静かに暮らしながら、ふたりで食べていける程度の仕事ができる場所が理想だったので、ここはベストだと感じたんです。とりあえずこの土地を所有することにすべてを捧げよう、後のことは後で考えればいいという心境でした」

不動産屋を訪れた日から2日後、ふたりは土地の手付金を支払うため、再び北杜市に出向いた。

10分の1の大きさになった店でふたりが見つけたもの

土地が決まると、太郎さんとミカさんは住居兼店舗を建てようと銀行に融資の申請をした。ところが、石垣島は商圏が違いすぎるという理由で営業実績が認められず、まとまったお金を借りることができなかった。

「貯金は土地代に注ぎ込んでしまっていたし、融資の審査は一向に通らなくてかなり苦戦しました。このままじゃなにも道が開けないまま、時間ばかりが過ぎていってしまう」

先行き不透明のまま、石垣島の店舗を2022年1月にクローズ。同年3月に山梨県北杜市に移住し、カミロータから車で5分のところにある一軒家を借りて暮らしはじめた。資金調達の目処が立たず、設計士に引いてもらった住居兼店舗の図面は、泣く泣く白紙に戻した。

八方塞がりの状況に突破口を開いてくれたのは、一緒に不動産屋に駆け込んだ北杜市の友人だった。

「北杜市のHomemade Villageというところでタイニーハウスをつくっている人がいて、今度オープンハウスをするみたい。なにかの参考になるかもしれないから、一度見に行ってみようよ」

その時点ではふたりは、タイニーハウスで営業するイメージを全く持っていなかった。

「融資の相談に行った銀行で紹介されたトレーラーハウスの物件が、ピンと来なかったんです。それでもせっかく声をかけてもらったので、新しいものを見てみるもいいかもしれないと、出かけることにしました」

ほとんど期待することなく参加したオープンハウスで、ふたりの気持ちは大きく動いた。

「全然知識がないまま行ったら、可愛くてびっくりしました。中に入った時も思ったより天井が高くて『想像していたのと違うね』って。ただ建物以上に心を動かされたのが、代表の竹内さんとの会話です。もっと商売の話になるかと思ったら、新しいまちでどんなふうに暮らしていきたいのって、まず私たちの思いを知ろうとしてくださったことが印象的でした」

気軽に行き来できる距離の近さも手伝い、ふたりは度々Homemade Villageを訪れては、竹内さんと対話を重ねた。

「それまでが広いお店だったので、タイニーハウスで営業なんて絶対無理だと思っていました。でも僕らの思いやイメージを共有したり、タイニーハウスの文化について教えていただいたりする中で、竹内さんがつくるタイニーハウスなら、もしかしたらできるかもしれないって思いはじめたんです。くみ取ってくださった思いを、竹内さんなりの解釈でこのタイニーハウスに落とし込んでくれたことに感謝しています」

オープンハウスに参加して1カ月半後には制作がはじまり、そこから2カ月ほどでふたりのタイニーハウスが完成した。モノよりも飲食の方がお客さんと深いコミュニケーションを取りやすいこと、地元の食材を使うことで生産者とのつながりができることを石垣島での経験から感じていたふたりは、迷うことなくコーヒーと焼き菓子を中心に据え、新事業をスタートさせた。

「店内のスペースは10分の1になり、当然売り上げ規模も小さくなりましたが、中身はより健全になったと思います。この小さなスペースで自分たちが伝えたいことを表現できるのか、不安もありましたが、いまはむしろ小さいからこそコアな部分を伝えやすくなったんじゃないかと感じています」

タイニーハウスでの営業は、お客さんとのコミュニケーションにも変化をもたらした。

「物理的に距離が近いから、初めから直球勝負というか、お互い率直に話すしかなくて。どちらかといえば僕らが質問攻めにあうことの方が多いかな。なぜタイニーハウスなの?なぜこの場所なの?って」

そのひとつひとつの問いかけがうれしいと、ふたりは笑う。伝え合うことでコミュニケーションは深まり、育まれたゆるやかなつながりは、やがてコミュニティーへと発展していく。

「新しいまちでの新しい事業をタイニーハウスでできてよかったって、いまは心の底から思っています」

リジェネラティブの体現者でありたい

カミロータには、テキストベースのロゴのほかにもうひとつ、心臓をモチーフにしたロゴがある。ふたりの思いに共感する人が集う場、地域の循環を生み出す存在になりたいという思いが込められている。

「循環や、再生を意味する『リジェネラティブ』をカミロータでは大切にしています。かっこいいから、美しいから、売れるからという理由でモノを仕入れて売っていた時期もありましたが、それはもう僕らがいまからやることではないと感じていて。手に取ってもらう価値があり、ずっと意識を向けてきた自然環境の改善や再生に寄与するものを、お客さんに知ってもらいたいし、もっと届けたいと思っています。それがポジティブな未来につながっていくんじゃないかなって」

石垣島で営業していた時から取引が続いているパタゴニアは、ふたりが共感するブランドのひとつ。自然環境を守るアクションとビジネスを両立させ、大手も個人店も変わらない条件で取引を行い、コミュニケーションを重視する姿勢からは、学ぶことが多いという。

「パタゴニアの展示会には必ず行くんですけど、リジェネラティブ製品が毎年増えているんですよね。環境再生のためアクションを起こしているつくり手を応援し、僕ら自身も環境に配慮した姿勢を体現することで、地域の方にリジェネラティブな取り組みを知っていただくきっかけになればと思っています。一気にたくさんの方に来てもらうよりも、共感してくれる人がひとり、ふたりと増えて、その先にコミュニティーが育っていくのが理想かな」

「そのためにいまは、来てくれたお客さんお一人おひとりとの対話を大切にしています」と太郎さん。一杯のコーヒーが地球環境の再生につながる可能性があることを、ふたりは今日も丁寧に伝え続ける。

コーヒーと焼き菓子、いくばくかの気持ちのいいもの。

木々に囲まれ小川が流れる心地よい環境、大切だと思うものを意思を持って大切にするふたりの穏やかな空気、豊かな土壌や生態系の回復につながるリジェネラティブな商品。そのすべてがきっと、「いくばくかの気持ちのいいもの」のアンサーなのだと思う。ふたりの話を聞いて、カミロータでコーヒーを飲む理由がまたひとつ増えたように感じた。

林道の先にひっそりと建つタイニーハウスととびきりの笑顔に、会いに行ってみてほしい。

写真:BEEK
文:赤錆ナナ