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Tiny TALK vol.01 CATALOG&BOOKs 尾崎正和さん × Homemade Village 竹内友一

2023年12月、Homemade Villageで初となるトークイベントが行われました。ゲストは「Whole Earth Catalog(ホールアースカタログ)」の専門店「CATALOG&BOOKs」を営む尾崎正和さん。スティーブ・ジョブスやジェフ・ベゾス、世界中の多くの人々に影響を与えたと言われるホールアースカタログは、個人の自立した暮らしに役立つ数々の書籍や道具類が掲載された、カタログ形式の雑誌です。この雑誌に込められたメッセージや、創刊から50年以上がたつ世界を生きる私たちのいまとこれからについて、尾崎さんと代表の竹内が語り合いました。


尾崎正和さん

尾崎正和さん 株式会社フィギュアフォー代表
1981年鳥取県生まれ。2015年、東京・文京区に「CATALOG&BOOKs」を開店。2023年2月、店舗閉店。オンラインストアでは引き続きホールアースカタログや関連書籍を販売するとともに、ポップアップストアも随時開催している。

 

大ヒットした「全地球カタログ」

尾崎 ホールアースカタログは、1968年にアメリカのサンフランシスコで創刊されました。「個人のエンパワーメント」を理念に掲げ、自然科学、建築、アート、農業など、オルタナティブな生活環境をつくるために必要なツールを、写真入りで紹介しています。編集部が通販も手がけており、雑誌についている申込用紙を使って実際に注文することもできました。

尾崎 定期的に発行されていたのは約3年間で、1971年に総集編として『The Last Whole Earth Catalog(ラストホールアースカタログ)』が発売されました。この号は世界中で160万部以上売れ、日本にも入ってきたようです。全米図書賞を受賞し大ヒットしたので、結局その後も数年おきに発行が続き、1994年の『THE MILLENNIUM WHOLE EARTH CATALOG(ミレニアムホールアースカタログ)』が、いまのところ最終号です。合計で21冊発行されました。

竹内 創刊当時の時代背景はどうでしたか?

尾崎 1960年代のアメリカは文化的に激動の時代でした。ベトナム戦争に対する反戦運動や公民権運動が広まり、工業化による公害といった環境問題が顕在化するなかで、これまでの価値観やカルチャーに抗おうとする若者がたくさん出てきたんですね。のちにヒッピーと呼ばれる人たちです。彼ら彼女らは都市から離れ、コミューンと呼ばれる小さな集団で生活を送っていました。まだインターネットも普及しておらず、都市部を離れると情報が手に入りにくかった時代に、こうしたコミューンに自給自足の生活をするのに役に立つ数ページほどの情報誌とアイテムを売りに行っていたのが、ホールアースカタログの創刊者、スチュアート・ブランドです。この情報誌をもう少し一般向けに広めようと、1968年にホールアースカタログが創刊されました。

尾崎 表紙をめくると「パーパス」、つまり創刊の目的が載っています。簡単に訳すと、「政府や大企業、形式的教育や教会など権力を持つ業界は、いまの時代あまり意味をなさない。その代わり個人の力が必要になってくる。その力とは、自分自身を教育する力・自分のインスピレーションを見つける力・自分の環境を自分で整える力・自分の冒険心や好奇心を周りの人と共有する力である。そしてそれらを支援するのがこのホールアースカタログだ」と書かれています。

自分でやってみる Do It Yourself

竹内 僕らがいまつくっているHomemade Villageには、コモンハウスやスタジオ、コミュニティーガーデンのほかに、宿泊できる(ようになる)タイニーハウスが3つあります。最近、将来はこういった住まい方があってもいいなと考えるようになって。そのためには、いま紹介していただいたホールアースカタログの「DIY(自分でする)」思想がすごく役に立つんじゃないかと思っているんです。

竹内 というのは、タイニーハウスで暮らすには、水はどこから持ってくるのか、排泄物はどうするのか、エネルギーはどうやって得てどう使うのか、一つ一つ考える必要があります。ただ逆に言えば、じゃあトイレを使うときに下水管に流すのか、コンポストにするのか、貯めておくのかって、いろんな方法のなかから自分で選択できるとも言えるんです。僕らは家や食べ物、エネルギーなんかに支えられて生きているから、そこに関する情報がブラックボックスになっていて見えなかったり、自分で取捨選択するチャンスがなかったりというのは、すごくもったいないように感じます。

尾崎 それは僕も同感です。たとえば会社をつくる時に法人登記をする必要があります。ほとんどの方は司法書士さんにお願いしますが、実は自分でもできるんですよね。普段の会計業務も、いまはいろんなクラウドツールがあるから自分で管理できます。そうするとそれまで知らなかったことを知れるし、知ればその後の行動やものの見方が自ずと変わってくる。新しい発見もあるので、なんでもかんでも人に任せず自分でやるって、やっぱり重要だと思います。

竹内 そうですね。大変だから人に任せることが多いと思うけど、実際にやってみたら意外と大変じゃないとか、面白いこともあるって、あまり知られていないのかもしれません。エネルギーのことだって、ちょっと自分で調べてやってみたら、「あ、なるほど。こんなに単純なんだ」って感じることがいっぱいあるんですよね。どこか一部分でも、暮らしのここに興味があるってことにもう少し焦点を当てて掘ってみると、案外それが楽しみや喜びにつながっていくんじゃないかな。

竹内 ブラックボックスのなかで一度線が切れると、自分の生活が成り立たなくなってしまうけど、自分がどこから何を得て何を出しているのかが見えてくると、だいぶ自信がつきますよね。自信がつくというのはサバイブできるってことで、実際に生き残れるんだよ。「これがなくなったなら、こっちがある」と考えられるようになるからね。

尾崎 それに、DIYをしていろんなことができるようになると、ほかの人に興味がなくなるというか、他人がやっていることにいちいち目くじらを立てない心の余裕も生まれる気がしていて。みんな「自分で考えて自分でする」を志していくと、他人のことが気にならなくなって、SNSも平和になるんじゃないかと勝手に思っています。

コンピューターにできなくて人間にできること

尾崎 ホールアースカタログの創刊号の表紙には、丸い地球の写真が載っています。当時はNASA(アメリカ航空宇宙局)が地球の写真を持っているはずでしたが、一般公開はしていませんでした。そこに疑問を持ったスチュアート・ブランドが公開するよう運動を起こし、その結果NASAが動いて、創刊号の表紙になったんです。

竹内 すごいですよね。一般の人が初めて見る地球の写真だったっていう。

尾崎 ホールアースカタログと名前がついているだけあって、1つの分野を根を詰めて考えるより、地球全体の物事として、頭を柔らかくして発想力豊かに考えようというのが、この雑誌のコンセプトになっています。だから眺めていると、その時々でいろんな発想が湧いてくると思います。

竹内 もともとは、バックミンスター・フラーの思想がベースになっているんですよね?

尾崎 その通りです。フラーは20世紀を代表する思想家であり技術家です。スチュアート・ブランドは彼の講演を聞き、「これからは地球全体で考え対処する必要がある」という思考に影響を受けてホールアースカタログを始めたと言われています。

いまや人間は、専門家としてはコンピューターにそっくり取って代わられようとしている。人間は生来の「包括的な能力」を復旧し、活用し、楽しむように求められているのだ。「宇宙船地球号」と宇宙の全体性に対処することが、私たちすべての課題となるだろう。
バックミンスター・フラー『宇宙船地球号 操縦マニュアル』ちくま学芸文庫,2000年,p43

尾崎 1960年代って、コンピューターの性能がものすごく上がった時期なんです。その結果、専門的な仕事の質やスピードでは、人はコンピューターに敵わなくなりました。いまはAIが人間の仕事を奪うと言われ、実際すでにAIが担っている仕事もありますよね。半世紀前もいまも同じようなことが言われているんです。だから僕らが今後何か新しいことを始めるとしたら、機械がしないような発想、つまりホールアース的に考える、地球全体で考えることが必要になるんじゃないかな。

竹内 宇宙船地球号っていいですよね。みんな一緒の船に乗っているんだしっていう前提で。同じ時期にジェームズ・ラブロックという人が「ガイア理論」を展開しています。地球を1つの大きな生命体として捉え、僕らはその一個一個の細胞のようなものだから、何かしら行動や反応を起こすと、必ず周りにも影響を与える。だから自分勝手にじゃなくて、全体観のなかで調和を持って生きることが大切だよねというのが、ラブロックの考え方です。いまね、僕らはまたそこに戻ってくる時期なのかなと思っていて。全体観を持って物事を見ることは大切だと思います。

Live Smart. Think for Yourself. Transform the Future.

(参加者)1人でも生活できる環境がそろっているいま、なぜ「自分の手でつくろう」という文化が広がっていると思いますか?

竹内 1人で暮らしているように思えるのですが、実際は1人では暮らせないんですよね。靴も服も家も、誰かにつくってもらったものを使っている人がほとんどだし、テクノロジーにも支えられています。どこかの山奥で、自分で土を捏ねて家をつくって暮らしているエクストリームな人はいるかもしれないけど、そうでもない限り1人では暮らせません。

竹内 それでも僕らが1人で暮らしているような気分になるのは、さっきブラックボックスと言いましたが、要は依存先が見えにくいんだと思います。どこで誰がつくった食べ物を口にしているのか、排泄物はどこへいき誰が処理をして、最終的にどうなっているのかって、多分ほとんどの人はわかっていないんだよね。それを身近に感じられるのが、タイニーハウスでありホールアースカタログだと思っています。

尾崎 『知ってるつもり 無知の科学』という本があって、そこには、知識はコミュニティーに存在していて、そのコミュニティーにある知識を人は自分が知っているように錯覚すると書かれています。「知識があるから1人でも生きていける」と思うんですけど、実際は知らない。ま、インターネットがあればなんでも調べられるんですけどね。

竹内 ははは。でもインターネットに依存しているってことだからね。

尾崎 そうなんです。だから、全く何も知らずに、「知ったつもり」になって消費だけをしているか、ちょっとでも何かを知ろうと思ってつくる側に回るか、そこは自分の人生の選択なのかなと思います。消費するだけだったら、いまはいろんなモノやサービスがあるから、お金を払って受け取るだけで生活できるんですけど、生産者側に回ってみると、見える景色もその広がりも全然違う。おそらくそれは、Homemade Villageがチャレンジしていることでもありますよね。

竹内 そうですね。依存することが悪いってわけではないと思うんだけど、依存する相手を自分で考えて選べたらいいですよね。アメリカで起きたタイニーハウスムーブメントのコアにあるのは、小さな家に住むことではなく、自分の暮らしをどう組み立て、そこにはどんなインプットが必要でどんなアウトプットができるのか、一つ一つ考えながら自分の手に取り戻していくことなんです。僕はタイニーハウスのことをもっと知りたくて訪れたアメリカで、そういった暮らしに苦痛ではなく喜びを感じられる人たちがいるのを目の当たりにして、日本でも実践してみたいと思うようになりました。まだ道なかばですが、「なんでわざわざ、そんなにめんどうくさいことするの?」って聞かれたら、「趣味なんです」って言えるようになりたいなって、そんな感じですかね。

(参加者)現在子育て中です。おふたりが50年後の未来をどう考えているかお聞きしたいです。

尾崎 僕、デザイナーのNIGO®さんがよくおっしゃっている“The Future Is In The Past”という言葉が好きなんです。80年代や90年代のものをいまの若い人たちが見ると、新しく感じることがありますよね。人間って多分そんなに進化していないんだと思います。以前読んだ脳科学の本に、脳の進化はすごく遅いと書かれていました。キーボード入力と手書きなら、手書きの方が記憶に残りやすいと言われますけど、思考は五感でするものだから確かにその通りなんだそうです。

尾崎 ホールアースカタログの編集に携わっていたケビン・ケリーも、スクリーンよりも実際に雑誌の手触りや匂いを感じながらの方が、立体的にものを考えやすいと言っています。だから子どもたちもスクリーンだけ触っているより、土を触って微生物を身体に取り込むとか、そういった経験がまだまだ必要なんだと思います。ただ、わからないですよね。土ばかり触って、いまのトレンドに全く触れずに育つと、選択肢が少なくなってくるのかなとも思いますし。

竹内 そう、結局ね、人生1回きりで練習できないから、何が正しくて何が不正解かってわからないですよね。この時代を生きるいまの年齢の自分って初めてだし、外部要因もどんどん変化しているから、みんな苦しいんだと思います。正解がないなかで自分がどうしたいのか考えるとき、それまで出会った人や本、自分の経験、人の経験、きっとそういうのがヒントになるんじゃないでしょうか。

(対談ここまで)

ホールアースカタログの裏表紙には、各号に短いメッセージが記されています。スティーブ・ジョブズがスタンフォード大学の卒業スピーチで紹介し一躍有名になった、“Stay Hungry, Stay Foolish”もその一つです。尾崎さんは最後に、ホールアースカタログの本質をついているというお気に入りの言葉を教えてくれました。1994年発行、最後のホールアースカタログの裏表紙に記されたメッセージです。

 “Live Smart. Think for Yourself. Transform the Future.”
(賢く生きて、自分で考えて、未来を変えてゆこう)

*2024年2月現在、こちらのサイトからホールアースカタログのほぼすべての号が閲覧・ダウンロードできます。

写真:BEEK
文:赤錆ナナ